一応早稲田大学の主に人間科学の学生で活動していこうと思っています。所沢周辺でのミーティングに参加できれば、他大でも専門学生でもフリーターでも大歓迎です。

アートは常に技術(アーツ)とともにあると私たちは考えます。
技術の発達によって人類は過去においては扱いづらかったような種類のデータも、容易に編集できる時代になりました。
過去において音声データ、映像データは大変扱いづらく、コストのかかるものでしたが、PCの発達によって特別な教育も必要としない、身近なものとなりました。
こういった新しいツールに私たちはとても強い好奇心を覚えます。新しい思想、新しい道具、新しい人間、こういったものが世界を変えてきたわけですから。

私たちの組織に興味をもっていただけるのは、DJやVJだけではないと思います。
油絵や彫刻といった古典的な技法をバックグラウンドに持つ方や、小説家、哲学家といった文字を扱う方々にも私たちは開かれています。
常に新しい力を求め、自分が変わることを恐れず、むしろ変わり続ける人物を私たちはアーティストだと考えますが、そういった人物であれば、どんな方も私たちに興味を持っていただけると思います。

活動としては主に3つに分かれます。
1、人類の知の理解
2、製作
3、発表

1、毎週一回テーマを決め、それについて理解を深めます。テーマは多義にわたりますが、とても基礎的な部分を大事にします。過去に扱ったテーマとしては、協和音の物理的な論拠、ダダイズム、構造主義等です。現代における新しいものというのは膨大な過去のデータの蓄積によって生まれると考えます。

2、作品を制作します。いままではパソコン上で扱える形式の作品が主となっています。個々がばらばらに作品を制作するのではなく、あるひとつのコンセプトにそってコラボをするような形で進められます。クラブミュージックと哲学、肺呼吸と文学批評といったように、ある種の共通性と飛躍を持ったものが望ましい組み合わせだと感じます。
とにかくここでも重要なことは出来上がったものではなく変わっていく自分なのです。

3、できたものをさあみてください、とステージにあげたりはしません。もちろんステージや展示場に作品が並ぶこともありますが、重要なのは作者の手を離れ、他の誰かと混ざり合って、何かが起きることです。それは製作者自身の身に起きるかもしれませんし、見た方におきるかもしれませんし、この世界におきることかもしれません。とにかく私たちは何かを混ぜてしまいたくて仕方ありません。理科室に飾ってある元素標本のように、お互いに反応の起きぬよう、ビンに密封し、秩序立てて並べていくことになんの意味があるでしょうか。


私たちは開かれています。
PCに長けている必要はありません。
上手に模写できる必要もありません。

自分を変え続ける準備があるのならば(大学4年間といった短い期間ではなく一生です!)、NERALTとして活動する準備が出来たことになります。

NERALT


アートっぽいサイトの英文を一生懸命、翻訳した風(仮) inserted by FC2 system